「自分の走馬灯を見て、腹を抱えて笑いたい」
YouTubeを見ていて、唐突に出てきた動画で聞こえてきたこの言葉
切り抜き動画だったから、もうどれを見ればこの発言にたどり着けるかわからないけど、この言葉の発信者はDJふぉい(本心で語りたいので敬称略)
どうやらレペゼン地球というグループで活動している動画投稿者さんらしい
あんまり若いYouTuberさん分からないのでアレだけど、動画投稿者界のヴォルデモートこと加藤純一(うんこちゃん)の動画はよく見るので、ふぉいの存在だけは知っていたのです
私はダメな人間で、若いYouTuberのグループと聞くと、なんだか真っ先に「迷惑系のYouTuber?」と苦い顔をして勘ぐってしまう
DJふぉい経由で彼のいるグループのことは知ったものの、彼らの投稿動画は陽キャみが強すぎてあまりの眩さに目が潰れそうで見ていられなかった
でも多分、人に迷惑をかけるタイプの活動者ではないみたい
多分
唐突にふぉいの切り抜き動画が現れた時はビビった
だって急に、入れ墨バチバチに入ってそうな若い兄ちゃんが出てきたんだもの
でも、考え方はめちゃくちゃしっかりしてる
もちろん動画配信という媒体上、オーバーに表現したりリスナーを楽しませようと言葉を選ぶこともあるんだろうけど、単純な私には一本筋通った人間に感じる
自分には無い考え方を持っていて、雑談配信なんかでは、だからみんなこの人にアドバイスを貰いたがるんだろうなと理解できる
そんな中での「自分の走馬灯を見て、腹抱えて笑いたい」という言葉
正直、唖然とした
そして、尊敬した
ふぉい本人は何度か死にかけた経験があると語っていたからか、なんというかものすごくリアリティがあるというか真に迫っているというか……
本人にそんなつもりはないのかもしれないけれど、とんでもなく説得力があった
そして、きっとご本人の密度の濃い人生はこれからも続き、その走馬灯は凄まじく内容が濃く、そして面白いのだろうと思った
さて、私はどうだろう
私は一体、走馬灯でなにを見るのだろう
ひとつハッキリしているのは、今死にかけたとして、ここ数年の記憶は走馬灯として流れないだろうなということ
だって、現状に私はなんの思い入れもない
ただ傷つかずに生きていくことが最優先で、人との関わりを求めず、できるだけ引きこもって過ごしている
「面白い」は常に他人の生み出したものを享受するだけで、自分で「面白い」ことを作り出そうとしていない
きっと私の走馬灯で流れるのは、小学校・中学校・高校時代の、他人の痛みや傷を考えず、身勝手に振る舞っていた頃の記憶ばかりなのだろう
今となっては頭を抱えるほど考えなしで救いようもない頃だったけれど、今となっては手が届かないほどかけがえなくてどうしようもない頃だ
ああ、そうか
私の人生には、自我が芽生えてからの「楽しい」「面白い」と思える経験がないのか
なんてつまらない人生だろう
なんてつまらない走馬灯だろう
「自分の走馬灯を見て、腹を抱えて笑いたい」
とまでは言わない
ただ、私なりの、
「自分の走馬灯を見て、〇〇したい」
を見つけたい